弁護士とは?

弁護士は普段耳にすることもありますが、一般的にはお世話になる機会は少なく、一生に一度あるかないかといった人も多いかと思います。しかし普段生活している中で、ある日突然に弁護士を必要とするタイミングがあるかもしれません。自分自身や、自分の身近な人が逮捕されてしまったり何らかのトラブルに巻き込まれてしまう可能性というのは少なからず存在しているのです。

法律に関するトラブルはいつ、どこで起こってしまうかわかりません。いざというときには弁護士が守ってくれます。だからこそ困った時には弁護士の力に頼れるよう、法律事務所を訪ねてみるべきなのです。

例えば痴漢の冤罪で捕まってしまったり、酔った勢いで他人を殴って捕まるといった刑事事件のほか、様々な普段の生活の上でのトラブルを解決してくれます。普段何気ない日常でも、ふとしたことで法律トラブルに巻き込まれる可能性があります。そうした時には弁護士に対応を依頼するとよいでしょう。お近くの法律事務所で弁護士に相談することで負担を大幅に減らし、平穏な毎日を取り戻すことができます。

弁護士とは法的な手続をする上で、当事者の代理人、被告人の弁護人として法廷で主張・弁護等を行うほか、各種の法律に関する事務を行う職業、またはその資格を持った者をいう。当事者の代理人としての委任契約等で報酬を得る。日本では、その職掌・資格に関しては弁護士法などで規定されている。シンボルは中央に天秤を配した向日葵(ひまわり)で、徽章(バッジ)もこのデザインによる。

法律関連エピソード

自らの申告で「罪を重く出来るか?」

刑事事件を起こした時などは、被告人として裁判所で刑が言い渡される事になります。場合によってはたまに無罪になることもありますが、「罰金○○円~」だとか「懲役○○年~」だとかの刑が言い渡され、不服があった場合にはより上位の裁判所に「上告」することになります。

基本的にこの「上告」では現状の罪が重すぎるとした場合にするものであります。逆に「自分の罪を重くしてくれ」といったような事は可能なのでしょうか。

以前、検察側から「懲役十二年」を求刑された人が「それでは軽い、もっと重く出来ないのか」と求めたということがありました。

まず求刑とは、検察側が「事実及び法律の適用」として意見を述べているということになります。そして裁判所が判決を下す時にはこの「求刑」に束縛されることはありません。この求刑を越える判決を下しても構わないということになります。ただ、この場合は求刑が適量でない可能性があるとして、「量刑不当」として控訴することもできます。なぜなら求刑は「これが量刑として妥当である」と認められるためです。

逆に「自分の罪を重くして欲しい」と被告人のみが控訴した場合、控訴審では一審の判決よりも重い判決を言い渡せません。なぜなら、普通控訴する時というのは刑を軽くしてほしかったり、無罪を主張したい場合であるため、こうした場合に控訴したのに余計に罪が重くなってしまったとなれば控訴しづらくなってしまいます。これは被告が控訴する権利を守るためです。

裁判所が判決として求刑よりも重い刑を言い渡す場合もありますが、こうした場合判決が言い渡された後に「刑が軽い」と感じても仕方がないそうです。

参考(https://www.bengo4.com/c_1009/c_19/c_1092/n_4447/)

弁護士の歴史

古代

弁護士という存在はかなり昔からありました。古代ギリシャや古代ローマといった時代には詭弁や代弁といったことを裁判で行う職が存在していたのです。それが弁護士の「はしり」であるとも言われ、現代まで続く歴史のきっかけとなっています。


中世

古代から少し現代へと近づくと弁護士の存在というのも少し変わってきます。西ヨーロッパでにおいては主にローマ法の下の制度として発達しました。ラテン語においては「advocatus」、コモン・ローにおいては法廷に立つ資格の有無に差があります。 中世ヨーロッパでは法律家を養成するため、各大学に法学部が設置されていた。

日本では鎌倉時代に六波羅探題と呼ばれるもののなかで、争い事の対応における弁論や口述が上手な代官が居たとされています。
そして申し越し時代は進み、江戸時代において「公事師(くじし)」は、日本において独自に発達した弁護士の祖形とも考えられます。しかしヨーロッパのように法廷で代理人として活動したわけではなく、債権の取り立てや、単なる口ぞえ人、あるいは官に提出する書類について便宜を図ってくれたりするという点では後に出てくる代書人と呼ばれる職業のほか、さらには今日の事件師といった存在に近かったため、しょっちゅう取り締まられるものの対象となっていました。明治のはじめの代言人は少なからずこの公事師が衣替えしただけの者であって、俗に訴訟1件を300文で引き受け、不適切な活動を行うという、いわゆる三百代言の語源ともなった三百代言の三百とは、実際に300文だった訳ではなく、二束三文のように価値の少ないことを表しています。現在でも弁護士を罵倒するのに三百代言という言い方をすることがあります。


近代

日本の弁護士の制度は、近代的な司法制度を導入することとなった明治時代に誕生し、「代言人(だいげんにん)」と呼ばれていた(明治の旧弁護士法制定までは専ら「代言人」と称されるようになった)。ただ、代言人の地位は決して高くはなく、軽蔑されることも多く、また、初期にはきちんとした資格制度が存在していなかったために、中には悪質な者も存在した。
1893年に近代的な「弁護士法」が制定され、初めて「弁護士」という名称が使われるようになった。だが、当時の弁護士は司法省(検事正)の監督のもとにおかれ、その独占業務も法廷活動に限られていた。弁護士は裁判官や検察官よりも格下とされ、試験制度も異なっていた。1936年の改正によって、弁護士の法廷外での法律事務の独占が認められるようになった。
戦後、1949年に新しい弁護士法が制定され、国家権力からの独立性が認められた。これを弁護士自治という。同年、日本弁護士連合会(日弁連)が結成された。司法試験によって裁判官、検察官、弁護士を一元的に選ぶことになりました。

※サイト文章の引用元「http://ja.wikipedia.org/

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